
ドイツに出張した友人が、まだ日本では売られていないモデルなんだと言いながら見せてくれた。ドイツの土産ならゾーリンゲンにしそうなものだが(いや、そういうのも買ってはきていたが)、こだわらないところが彼らしくって面白い。
当時国内で入手可能だったビクトリノックスの最高峰は『チャンピオン』、それにどんなアイテムが加わったのだろう?
「…プライヤー」
「へ?」
あと、ボールペンや眼鏡ドライバーも新装備だったと思うのだが、なによりもプライヤー(ワイヤーカッター機能付き)というのがインパクトが強く、何でこんな阿呆なものを付けたんだとさんざん笑い飛ばしたものだった。
ところが、後日国内でも発売されたのを密かに買った自分が一番よく使ったアイテムがこのプライヤーなのだ。これまでこれを使った総時間数の3分の2以上がプライヤーだと思う。その後
レザーマンのツールナイフが登場したときには、それも買おうかと思ったほどだ。いやぁあの時は笑ったりして申し訳なかった。

友人のものはシンボルカラーの赤だったが、自分が買うときは、この大きさで赤だと派手派手しいような気がして黒いものにした。机の上などに置いておくと落ち着いて上品に見えると自分では思っている。さすがにこれをズボンのポケットに入れると歩いていても気になるので、ケースを見つけてきた。ポケットベルの黒い皮ケースがピッタリだったのだ。調子に乗って古いポケットベルから外したクリップ付きのチェーンもつけたらスーツの腰につけていても誰もナイフだとは思わない。逆にジーンズにつけて遊んでいると「たいへんですね、休みの日も会社から呼び出されるんですか?」と思われたこともあったものだ。実際の自分はポケットベルを使う職種ではなかったので、そんなことは思い及ばなかった。
しかしまぁ「ポケットに入る道具箱」などという表現もあるが、よくぞここまでいろんな機能を詰め込んだものである。一説によると『チャンピオン』は「ビクトリノックスのディストリビューターがビクトリノックスの機能を説明するためのデモンストレーション用モデル」らしいが、確かに用途別にアイテムをチョイスしたモデルの中から自分が必要としているものを選び出すという悩ましい楽しみを放棄して「全部あり」というのはちょっと安易な選択だとは思う。でも、迷いだすとキリがなくなってしまい、そういうのはまた別に持つことにしてこれも持っておきたくなってしまうものだ。自分の場合は買った順序が逆だったけど(すでにウェンガーの『バックパッカー』を持っていた)。

ツールナイフで一番使わないアイテムはメインブレードだ、というジョークがある。いや、言い出したのは自分だ。だが、冗談抜きでこのナイフのメインブレード(大刃)は使いにくい。まずグリップが太すぎる。しっかり握れるのはいいのだが、それはもっと大きな刃を振り回すときの話。大刃と言っても刃渡り6cmくらいじゃもっと軽く持てたほうが細かい動きができる。つまりはバランスが悪いのだ。それに、ブレードの背に親指を当てて支えにして使おうと思ったら、刃が太いグリップの(右手の親指とは反対側の)端に寄っているため不自然な持ち方をしなければならない。サブブレード(小刃)を使うことのほうが多いのはそのためだ。
そんなわけで「ちょっとした工具が散らばらずにひとまとめになっているもの」という程度の認識でいた方が間違いないと思っている。ナイフが必要な人は別にもう一本持ちましょう。
皮肉っぽく書いたが、+-のドライバーが90度引き出したところで一度ロックするのは良いアイデアだと思う。180度引き出して使うよりも大きな力が入れられて使いやすいのだ。それやこれやでアウトドアに限らず、机の上などに置いておくと「ちょっとしたこと」でずいぶん重宝する。

さて、それでは実際どのアイテムをよく使っているのだろう。一番がプライヤーというのはすでに書いた。あとは+ドライバー、ハサミ、眼鏡ドライバー、缶切りはガスボンベに穴を開けるときくらいしか使わないな。ビール好きの自分だが年に一、二度はコルク抜きのお世話になる。また、最近は目が悪くなってきたので、今まで使ったことがなかったが、これからはルーペのお世話になるかも。
そういえば1989年の春にロシアを旅行したが、その時にもこれを持って行き、どのアイテムを使ったかという記録が残っている…「ナイフ、ハサミ、缶切り、栓抜き、プライヤー、ノコギリ、眼鏡ドライバー、本体(ハンマーとして使用)…ノコギリは同じツアーの誰かが街の中で買ってきたドーナツ型のパンを切るのに使ったのだが、あれはパンではなくブレスレットだったのかも知れない」
そうそう、そのロシアでのことだ。イルクーツクの空港でナイフをケース(前述の通り、ポケットベルのケースがピッタリ合うので使っていた)に入れてベルトに通したまま飛行機に乗ろうとしてしまったのだ。それまでの数日間はシベリア鉄道で移動していたので、つい機内預けのバッグの中に移し替えるということを忘れていた。あわてて機内持ち込みのデイパックの奥底にしまって無事通過できた…デイパックは。人間のほうはナイフ以外にもミニマグライトやZIIPOのライターをポケットに入れ、小銭入れにはカラビナをつけてベルトループからぶら下げていたのだ。これでは金属探知機が鳴らないほうがおかしい。それらのものをポケットから洗いざらい出して再び金属探知機のゲートをくぐったのだった。(そういや、そのあとブラーツクの空港で乗換えのため飛行機を待っていたのだが、そのとき待合室でこれを使ってジュースの栓を抜いていたなぁ…懲りないヤツだ)。
当時はまだ共産圏と呼ばれ、不気味で不安なイメージをぬぐいきれなかったロシアへの旅行だったが、おおらかで純朴な人たちとの出会いに恵まれ、没収されることもなかったナイフは今も自分の目の前にある。
先日、プライヤーのスプリングが折れてしまった…使い過ぎたかな。
機能29種類:大刃、小刃、コルク抜き、缶切り、栓抜き、ハサミ、
-ドライバー(小)、-ドライバー(大)、ルーペ、
うろこ落とし、針外し、ノコギリ、ワイヤーストリッパー、
穴あけ・穴仕上げ、スケール(センチ、インチ)
フォリップス型+ドライバー、つめやすり、つめそうじ、
のみ、金属やすり、金のこ、精密ドライバー、
プライヤー、ワイヤーカッター、眼鏡ドライバー、毛抜き、
つまようじ、ボールペン、キーリング
(現行モデルとはいくつか相違があります)