
今でもその傾向はあるのだが、ひところ苦いコーヒーばかり飲んでいた時期があった。当時よく行った喫茶店は、お代わりが少々安価に頼めるようになっていて、いつもそこで本を読みながら2杯飲むのを常としていたものだ。
コーヒーだけが原因ではないのだろうが、そのうち胃の調子がおかしくなり、医者に行って生まれて初めてバリウムを飲むという経験をしたのもその頃だったが、病院でレントゲン撮影を終えたその足でこの店にコーヒーを飲みに来たものだった。
それよりももう少し前だったかな。誰から聞いたのか、市内に新しい喫茶店が開店し、そこではエスプレッソコーヒを飲ませるという。さっそく行ってみて注文してみたら、やがてシュワーッという蒸気が一気に漏れる音が店内に響いて一杯のコーヒーが運ばれてきた…いやもう苦いのなんの。でも、旨いんだ。
この店にもその後何度か行った。駐車場が狭く、クルマが置きにくかったせいもあって数回きりだったと思うのだが、注文するのは必ずエスプレッソ。苦いコーヒーを口に運ぶ間も、他のお客の注文で、エスプレッソマシンはシュワーッという音を何度も店の中に響かせていた。
どちらの店も、どころか、今では喫茶店そのものに行かなくなってしまった。

だから代わりに、というわけでもないが、やっぱり苦いコーヒーに対する渇望があったのだろうか。キャンプ用のエスプレッソメーカーを買ってしまった。いや、キャンプ用と書いたが「OUTDOOR]という刻印がされているからキャンプ用と呼んだだけの話であって、特に屋外での使用に優れているわけではなさそうだ。家庭用として売られている上下ニ段のポットタイプと使い勝手は変わらない…どころか、正直言ってかなりよくない。
下段のポットが熱せられて蒸気が膨張し、仕切り部分に置かれたコーヒー粉を一気に熱湯が通り抜けて抽出するという仕掛けだが、そのあと上段のポットに溜まる代わりに、そのままカップに注がれるというギミックは見た目の面白さで選んだものだ。実用と言うよりは半ば遊び感覚でコーヒーを淹れて飲むのであるから、見て楽しいものがいいじゃないか。
そう思ったのだけど、これがとんだ食わせ物であった。一気にコーヒーが噴出した後、最後に蒸気と混じってしぶきが出てくるのだが、これがまさに漢字で「飛沫」と書く通り周囲に飛び散ってしまうのだ。そういう意味では確かに汚れても気にならない「野外」向きなのかもしれない。
いちおう鍔(つば)が出てガードはしてあるのだけど、やっぱり上に載せたカップの取っ手はコンロの炎に熱せられて持ちづらいし、そして何よりも致命的だったのは「一杯しか淹れられない」ということだ。下のタンクには、マグカップで飲もうなんて考えなければ、2杯分の水をセットすることは可能だ。だが、上でそれをどうやって受ければいい?
まぁ、注ぎ口のついた計量カップみたいなもので受け、デミカップに注ぎ分けるという手はあるかもしれない。これを買うときに、注ぎ口が二股に分かれたタイプのもあったのだが、それだと常に2杯淹れなければならないと思ったのだ。
仕方ないから抽出したあと続けてもう一回…というのもポットが熱くなっていて触りたくない。それに、熱いコーヒーを落ち着いて飲みたいから、それまでこうやって手の込んだことをやっているんだよ。あわてて次のを作っていたのでは気分が台無しじゃぁないか。
まさに自分のためだけの道具。それはそれで格好いいのだが、ファミリーキャンプや友人にも飲んでもらおうという時にはちっとも実用ではないのだ。後始末も厄介で、ゴミの出ないキャンプ、余分な水や洗剤を使わないキャンプということを考えると、いささか環境にやさしくないような気もする。
それやこれやで、買ってはみたものの、家の内外で何度か使っただけでほったらかしにされていたのだった。
今回、この記事の執筆と写真撮影のために久しぶりに使ってみることにしたのだが、実は大変だった。ポット本体は部屋の片隅にあるのは判っていたのだが、丸濾紙が無い。丸濾紙というのは書いて字のごとく円形のペーパーフィルターで、コーヒー粉をセットする皿に蓋のようにかぶせておくのだ。もちろんこれが無くても大丈夫なのだが、粉が上皿に飛び散らないので後の掃除が楽なのと、コーヒー自体の味わいがスッキリしたものになるという。でも、これを常時置いている店が近所に無いのだ。以前、群馬県にあるショッピングモール内の店で見かけた記憶があったので、そのモールに行く機会を待って訪ねたのだが、サイズが3種類あり、ううん、小か? 中か? …10年ぶりくらいに使うのでサイズが思い出せない。結局買わずに帰宅して測ったら、大でよいことが判明。運良く翌週に日光へスキーに行った帰りに近くを通ることができたので閉店20分前の店に飛び込んで購入してきた。
豆は、家にあるものを使おうと思っていたのだが、これまたずいぶん前に貰ったもので、正直言って封を切ったときでさえ今ひとつという感じがした豆だったので、何ヶ月も経った今では美味しくないだろう。続くときには続くもので、その翌週もそのショッピングモールに行く用ができたので、エスプレッソ用の豆を買ってきた。「挽きましょうか?」と訊ねられたのを見栄張って「自分で挽きます」と答えたものだから、既に紹介したキャンプ用のコーヒーミルでがりがりと…ま、これも楽しい儀式ではある。
そんな具合で無理やりこの記事のために復活させたエスプレッソメーカーであったが、使ってみれば楽しいし、できあがったコーヒーも美味しい。買ってきた豆は100g。香りが飛ばないうちに使い切るにはちょうどいい量だ。でも、100枚入りの丸濾紙は、きっと使い切る前にどこかに失くしてしまうだろうな。前回のがそうであったように。
GSI
(購入年不明。10年位前にR.E.I.のメールオーダーで買ったような気がする)